年齢に背中を押される時


黄昏に人生を考える

歴史番組が好きで、「歴史秘話ヒストリア」や「英雄たちの選択」などはよく見ています。

少し前に放送された番組ですが、面白いと思ったのが、伊能忠敬と明智光秀。

◎ 英雄たちの選択(NHK)

「真説・山崎の戦い~なぜ光秀は天下をとれなかったのか?~」(8月3日放送)

◎ しくじり先生俺みたいになるな!!(テレビ朝日)

「周りのしがらみと目の前の仕事に追われ夢を追いかけることを後回しにしてしまった伊能忠敬」(8月6日放送)

ふたりの共通点は、年齢に押されて自分の夢や野心を実現するための一歩を踏み出したということです。

伊能忠敬が測量の旅に出たのが55歳のとき。子供の頃の夢は天文学者になることで、日本地図を作るというのは、地球の大きさを図るための方便だったそうです。測量の結果、地球の大きさを高い精度で予測していたということです。地図の完成を見ずに74歳で死去しましたが、本人としては夢を叶えて満足だったのではないかと思います。

明智光秀が本能寺の変に踏み切ったのは、67歳のときだそうです。その13日後、山崎の戦で敗れて命を落としました。光秀が本能寺の変を起こした動機の1つには、年齢があるのではないかと歴史学者の磯田道史さんは解説していました。

「今やるしかない」と、年齢に背中を押される時。

それは、過去へ自信と将来への不安が微妙にバランスしたタイミングなのかもしれません。

十分に経験を積み、実績を上げてきたという自負。社会的な信用も経済的な蓄えもある。それが、だんだんと陳腐化し失われていくかもしれないという兆しを感じる。今、それをしなければ、もうできないかもしれない。

しくじり先生では、「夢は叶うか叶わないかではない。追うか追わないかである。」とまとめていました。叶うとわかっているものは、夢とは言わないような気がしますね。

リスクを取って、伊能忠敬は思いがけず日本史に名を残すことになりました。明智光秀は、全てを失い、子孫は名を隠しているそうです。結果は、まったく違いますが、その時の思いに殉じたという意味で、二人とも自分の選択に納得していたのではないでしょうか。

生きた時代も立場も異なる伊能忠敬と明智光秀。私たちにとっては、大きくかけ離れた存在とも思えます。それでも、その人の生きざまを感じ、共感することがあります。

さて、あなたには一生の間にやっておきたいことがありますか?


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山川純子(やまかわじゅんこ)

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